Mr.∅の数学と古美術

数学講師が語る数学と古美術、「数学語」・「数学的文法」で日本の数学教育を変えたい!

大学入学共通テストの本当に大事な論点①

センター試験は2020年1月で終わりをむかえ、翌年からは「大学入学共通テスト」になります。

 「これまでのセンター形式50%」+「新形式50%」(記述はどっちでも)

くらいのハイブリッド形のテストになってくれないかな、というのが、私の希望です。

 

先日の「身の丈」発言に端を発し、英語の外部検定の延期、国語・数学の記述形式の是非など、一般の方の関心がやっと高まってきました。

制度面の不備、採点に関する倫理面・金銭面の問題に目がいきます。

 ・記述式はやめよ!

 ・センター試験に戻せ!

という論調もよく耳にします。

 

しかし、そこに教育の観点が無いことに、疑問を抱くことはありませんか?

 

2年も前から試行調査としてサンプル問題が出されていて、これまでのセンター試験との違いは、それはそれは大きいものです。

見たことがないものに出くわすと人は認知できない、と言われますが、まさにそんな状態です。

そんな中でも、新テストの本質的な意味を見抜き、新しい学力観にフィットする教育を押し進めている人たちが居ます。どんな問題に対しても対応できるような力を付けている高校生たちも居ます。

 

そんな高校生のことなんて、何も考えていません。

 

傍観して来た大人たちが「うちは何も対策をやっていないんだぞ!確定情報を出さないそっちが悪いんだから、変えるなんてけしからんぞ」とクレームを言っているようにも見えます。

そんな人たちには、「決まった形式でしか力を発揮できないような生徒を育てることが教育なのかね?」と聞いてみたいとも思います。

 

実は、記述式を実施するかどうかは、特に数学に関しては、大した問題ではありません。

 ・学生アルバイトに採点をやらすのか?

 ・ベネッセにお金を流すのか?

という論点はあります。

しかし、そこだけを論点にしていては、ダメなのです。

そんなことをしていると、記述が無くなったら「ほれ、見たことか」と“正義の味方”たちが誇らしげに語り、本当の問題点(出題内容)に関する部分は、マスコミもまったく取り上げることなく、共通テストが始まってしまうのかも知れません。

対策をしている人たちのことを踏みにじる「共通テスト延期、センター継続」なんていう結末も、可能性が無いとは言い切れない・・・

 

例えば、英語。

配点が変わるなんてこともありますが、本当に重要なのは、そんなことではありません。試行調査の通りであるなら、発音、アクセント、文法の問題が、まったく無くなるのです!

外部検定が実施されたら、英検などでは文法の要素も入っていたのですが、そういうキッチリした勉強をしてきた高校生は報われにくくなるのです。

 

その他の教科も、アウトプット面がかなり重視されています。

また、会話調の問題文になり、理科では実験がテーマに、歴史では初めて見る資料を読解する問題が出たり。

 

実は、一番変化が大きいのは数学です。

「数学が数学でなくなる」と言う人もいます。

私は新形式を好意的に捉えていますが、すべてあの形式にするのはやり過ぎであるとは思います。

 「これまでのセンター形式50%」+「新形式50%」(記述はどっちでも)

 が良いな、と思う理由です。

 

数学の詳細は、またの機会に。